TRIPLE BOTTOM LINE Limited Liability Pertnership
トリプルボトムライン有限責任事業組合
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CSRをどうはじめるか、の前に、検討しておくべきことがあります。CSRのプレリュード(前奏曲)としての、Free act です。
Free act は、無償の行為、のことです。ここでは、CSRのベースになるものとして Fre act をすヽめます。その理由は、一にも二にも、現在という時代の問題です。
・attitude(姿勢)からはじまるCSR
CSRへの取り組みはすべて、ステークホルダーへの説明責任をともなう行為です。説明責任がまっとうされるためには理解され
なければなりませんが、理解されるためには姿勢がよく見えるのでなければなりません。それは方針、目的や計画の前にあるものです。
人は聞いたり教えられたりする前に、ただ見ているだけで理解できるものを信じます。
・CSRの理解をはばむ固定観念
CSRについては、ステークホルダーの理解を阻もうとする固定観念が一つあります。企業は営利を(営利のみを)目的とする存在であるという観念です。
それは経済的な意味では正しいですが、社会的な意味では正しくありません。法律でいう営利法人という用語も、資本主義にもとづくまっとうな産業の振興を目的として、人と組織の生業を認可するものです。仕事に報いた(報酬)余剰が利益であり、政府・行政はそこから法人としての税を徴収します。
営利の一義的な意味は、雇用と賃金の期待であり、利益は継続性と次年度への準備にほかなりません。
ところが、営利=金儲けという観念が人の頭のなかに巣食っています。営利法人としての企業の定義はかえりみられません。企業が動くのはなにか見返りがあるからだ、見返りがなければ動くはずがないと思われています。
するとCSRに真摯に取り組み、ひろく社会的責任を果たしていくという企業の声明は、けっしてそのまま素直に受けとられることはありません。
不祥事を予防する行為はリスクの回避という防衛策にすぎずませんし、企業価値の向上も事業の延長であり、社会貢献事業もなにかの見返りがあっての戦略と思われてしまいます。
・Free act の意義
企業のCSR活動は、とくに社会貢献事業として行なっているなかには、いくつもの無償の行為が含まれますから、この固定観念は不当です。ただ地元にのみ利益還元をしていくことを社会貢献と定義する企業もあるように、見返りを期する行為も含まれますから、いちがいに否定はできません。
また地域還元事業は、経済的物理的な見返りはなくとも、社会的精神的な見返りはあるという見方もあります。
すべてのステークホルダーはそのあたりをよく見ていて、直感的に評価を下しています。
Free actの意義はそこにあります。固定観念にさからって、企業の意思、姿勢をみせるという意義です。したがってFree actは、いっさいの利害関係から隔絶しているのでなければなりません。それではじめてまったくの無償の行為になります。
・Free act から見えてくる企業
Free actは、企業にとっては事業とかかわりのないところで行なう無償の行為、いわば善行というものですが、寄付とか慈善事業とかいわれるものとはちがいます。
チャリティと訳されるそれらの行為も、なにがしか地元とか当局とかとの付き合いを前提としています。地域還元事業とかわりありません。
そういうしがらみの一切ないものだけが Free act になります。地球とか世界とかいう問題です。CSRの根底にあるものは、
まったなしの地球と世界のsustainability(持続可能性)であり、for the public good (世のため人のため)にほかなりません。
Free act という行為が必要なのは、そういうさしせまった現実に迫られていることへの、企業から発する意志と行動です。
そうした人と企業の共通して緊急の課題とするものは、たとえば森林と生物多様性の保全(環境というテーマ)、貧困と飢餓の根絶(社会というテーマ)などです。
・for the public good (世のため人のため)
本質的に利害関係が生じないそうした課題への取り組みが、すべてのステークホルダーにまず提示されることが必要です。企業が本気CSRに取り組んでいるという基本の理解を生み、説明責任をきちんと果していく第一歩となります。
そして(大事なことですが)、(内外から)CSRとはなにかなんのためにやっているのかと問われたとき、for the public good (世のため人のため)とまっすぐに答えられます。いま、世とは世界であり、人とは人類です。報告書にはよくつかわれていますが、自信をもってするこの声明は大切です。企業の姿勢、態度がよくわかるからです。
かって不祥事があった企業でも、ここではためらいというものがありませんから印象がちがってきます。かならず一部の人から共感が生れまれ、社内では自分もという意識でボランティアや義援金などの動機づけになります。社外からはほんとうに本気なんだという感想が醸成されていきます。
・ODAの気概をもって
Frre actを行なうことは、それ自体で一つ完結する行為です。for the public good以外の理由を問うことは不毛で、企業としての目標管理も不要です。
マネジメントに組み入れPDCAを行なえば、成果をもとめ評価をくだすことになります。それは見返りを求めるといううらはらな行為につながりかねません。
Free actは自社の自己満足でかまいません。いいことをしたという個人の自己満足とおなじもので、それこそ感謝とか気持ちの上での見返りすら求めてはいけません。
結果的にODAのようになっていきますが、それこそ望むべきところでしょう。日本のODAは20世紀中は世界一の規模でしたが、21世紀以降はアメリカにつづいて2位になっています。
企業が参画することで再び世界一をめざすという気概がもてます。
ちなみにODAそのものは Free act ではありません。国家としての日本は見返りを求めています。ODA大綱は、「国際社会の平和と発展に貢献し、これを通じて我が国の安全と繁栄の確保に資すること」としています。遠くはなれたアフリカで展開していても、その平和への取り組みは、将来の日本の国益に合致するのです。企業がすれば Frre act です。
・経済性 Free act
環境と社会的な free act 以外に、純粋に経済的な free act があります。世界中の災害・被害への復興義援金です。被害のなかには、戦禍も難民もエイズも放射能被爆もふくまれます。使途目的が特定できないのも特徴です。したがって、つねから災害発生へ心構えし、資金を準備し、直ちに対応できるようにしておく、そういう行為です。
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